大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和38年(ワ)3750号 判決

理由

一、請求原因について

請求原因事実一、二、三は当事者間に争いがない。

二、抗弁について

(一)  原告と被告会社との本件(一)(二)の土地についての当事者本人間における売買契約の存否について(証拠)を総合すると甲とは小林であること、小林が原告を装つて被告会社と右契約をしたことが認められ、他にこの点に関する被告等の主張を認めるにたりる証拠はない。

(二)  小林の代理権の存否について

本件全証拠によつても小林が被告会社と本件(一)(二)の土地について売買契約をするについて原告から代理権を与えられていた事実は認められない。

(三)  小林についての表見代理の成否について

1  被告等主張の一、(ハ)(一)の1ないし5の小林の代理権の存否について

(1の代理権について)

被告等主張のとおりの登記がなされていることは当事者間に争いがない。

証人市岡義一、同小林稔、同横田美穂の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると原告は昭和三六年一〇月頃その所有である本件(一)の土地の上にある同人および訴外横田美穂、同横田達の共有である木造三階建の貸しビル通称江戸ビルを取毀し、同所に新しいビルデイングを建築しようと計画したこと、昭和三七年五月中旬頃右計画を実現するため右江戸ビルを借りて使用している入居者達への支払に要する立退料の入手に迫られ右立退料の融資者の斡旋を小林に依頼したこと、小林は右依頼に応じて同人の友人である訴外古沢の紹介により訴外市岡義一(以下市岡という)と同年同月一五日頃会い同人から訴外長嶋福松(以下長嶋という)を紹介されたこと、原告と長嶋とは小林および市岡の紹介により同年同月一八日頃原告宅で面会し長嶋が原告に対して先づ金三〇〇万円を貸付け、原告は右借入金債務の担保のために本件(一)の土地に極度額を金六〇〇万円とする根抵当権を設定し、且つ右債務を弁済期に支払わないときはその支払に代えて右土地の所有権を長嶋に移転する旨の停止条件付代物弁済契約をしたこと、右面会の際に小林が立会つたこと、同月二〇日頃原告の使として長嶋方へ出向いて右契約により原告が長嶋から借受けることとなつた金三〇〇万円を受領して原告の妻である訴外横田美穂に手渡したこと、原告の指示に従つて右契約に伴う登記手続をしたこと、小林は原告と長嶋とが右契約を結ぶ際に原告から代理権を与えられて原告の代理人として長嶋と交渉したものではなかつたこと、却つて右契約をするについて原告宅へ赴いた長嶋は、原告が不在宅で小林と原告の妻しか居なかつたため翌日をまつて原告本人と面会して右契約をしたこと、従つて右契約は原告と長嶋とが直接交渉した結果成立したものであること、右契約は手形貸付、証書貸付、手形割引の形式でなされ、この手形および手形金領収書、契約書等および右登記手続に必要な原告の委任状、金三〇〇万円の受領に必要な領収書、はいずれも原告が自ら長嶋の立会の下に署名押印して作成したものであり、右金員の受領および登記手続をするについては原告と長嶋とが協議の結果原告に代つて右の書類の交付を受けた小林がこれをすることとなつたものであること、が認められる。

以上認定事実を総合すると原告は小林に融資者の斡旋を依頼し小林は長嶋を原告に斡旋したけれども同人は原告と長嶋との契約内容について何等実質的関与をしていないし、また右契約に伴う登記手続および金員の授受には関与したものの同人は予め原告と長嶋との間で確定された事項につき、右両名の合意の下に、原告の手足として行動したものに過ぎず、いまだ原告の代理人と解することはできないものと考える。

(2の代理権について)

被告等主張のとおりの登記のあること、原告が訴外白土一幸から金員を借受け同人のために本件(一)の土地につき抵当権を設定したことは当事者間に争いがない。

証人小林稔の証言によれば前認定の金三〇〇万円の授受の際に訴外平田が原告の債権者として金員の受取に来ていたが小林は同人に金員を手渡すことなく同人と原告宅へ同行し原告の妻に右金員を手渡したこと、が認められ、小林は単なる原告の手足として右金員の受取をしたに過ぎず、右金員の受取に伴つて原告の債権者に弁済する権限は与えられていなかつたことが認められる。

証人市岡義一の証言によれば右金員授受に際し右白土が原告の債権者として金員の受取に来ていたことは認められるけれども、小林の権限に関する右認定に照せばいまだ小林が右白土に対して原告の債務を弁済し、且つ同人が原告に対して有する抵当権設定登記の抹消登記手続をするについて原告を代理する権限を有した事実は認められない。他に右事実を認めるにたりる証拠もない。

(34の代理権について)

証人小林稔、同横田美穂の各証言および原告本人尋問の結果によれば原告が本件(二)の土地を大野から買入れるについては小林が右買入に必要な資金の融資者として訴外津久井および同桑名を原告に紹介したこと(但し、名前を指示したに止まる)、その結果原告が右買入を実行に移す決意をしたが、実際の買入について大野と交渉したのは原告の妻である訴外横田美穂であること(このことは小林も自認するところである)が認められ、原告が小林に右買入をするについて代理権を与えたこと、右買入に伴う登記手続をする代理権を与えたこと、はいずれもこれを認めるにたりる証拠がない。また証人小林稔は原告の妻である訴外横田美穂を説得して個人の了解の下に大野から本件(二)の土地を買入れるため藪から金員を借受け、右借入金債務の担保のため被告等主張のとおりの抵当権設定契約、停止条件付代物弁済契約をして、それぞれ登記、仮登記手続をした旨述べ、成立に争いのない乙第一、第二号証によればその供述に副う原告と藪との右各契約が表れているけれども、右小林の供述は証人横田美穂同市岡義一の各証言および原告本人尋問の結果に照して信用できず、また小林が右各契約および登記手続をするについてはこれを原告に秘してなしたことは小林の自認するところであり、結局小林が右各契約および登記手続をするについて原告から代理権を与えられていた事実は認められない。他に右事実を認めるにいたり証拠もない。

(5の代理権について)

成立に争いのない乙第二号証、証人小林稔の証言によれば小林は長嶋に対して原告が負う債務の弁済をし、且つ両人のためにした根抵当権設定登記の抹消登記手続をしたことが認められるところ前認定のとおり原告と長嶋との間の契約をするについて小林は何等実質的権限を持たず単に原告の手足として行動したに過ぎないこと、証人小林稔、同横田美穂の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると原告は長嶋が高利貸であるのでその借入金の返済を急ぎ小林に融資先の斡旋を求め訴外津久井から金員の借入をして右借入金と借替たい旨伝えていたこと、小林は原告およびその妻横田美穂に対して訴外津久井および訴外桑名から金員を借りることを装つて実際は自己の利を図る目的で長嶋から原告名義を冒用して金員を昭和三七年六月一九日に金一五〇万円を、同年七月二〇日に金一五〇万円をまた同じ方法で藪から同年九月三日金二、二〇〇万円をそれぞれ借り、右金員をもつて右虚偽の借入先から借りた金員と称し、これをもつて長嶋に対する原告の債務の支払を済ませた旨原告に対して報告していること、が認められ、以上認定事実を総合して考えると小林は原告から右借替の斡旋を依頼されたものの、いまだ借替およびそれに伴う登記手続をする代理権を原告から与えられていたものではなく、単に小林は原告の右借替の斡旋の依頼を奇貨として専ら自己の利を図る目的で原告の代理人の如く振舞つて事実上右のような金員の借入をし長嶋に対する原告の借入金債務の支払および抵当権設定登記の抹消登記手続をしていたものというべきである。そして他にこの点について小林に原告を代理する権限があつたことを認めるにたりる証拠もない。

以上認定のとおり小林が原告から代理権を与えられていた事実は結局本件全証拠によつても認められないことに帰する

よつて被告会社が小林に原告を代理する権限ありと信じるにつき正当の理由が存したか否かを判断するまでもなく被告会社は原告に対して小林の行為について責任を追求することはできない。

2被告等の原告は小林に本件(一)(二)の土地の登記済証、原告の実印および印鑑証明書を交付することによつて、被告会社に対し、右土地につき原告を代理して被告会社と売買契約をする権限を小林に与えた旨表示したものであるとの主張について

証人市岡義一、同小林稔の各証言、被告会社代表者尋問の結果によると、小林は右契約の際、被告等主張の各物件を所持していたことが認められる。しかし、右各物件の所持をもつて直ちに原告が小林に対して右契約をする代理権を与える旨を被告会社に表示のたものとはいい難く、却つて右原告の実印は小林が原告に無断で且つ原告の妻を欺罔して交付させたものであることが認められ、他の右書類も何等の原告の意思にも基づかず小林が恣に自己の利を図る目的で所持していたに過ぎないことが認められる。よつてこの点に関する被告等の主張は採用できない。

以上認定のとおり小林は何等原告を代理する権限をもたず、また同人が原告を代理しうるものと認められるような関係にあつたものではないので原告は同人の行為について何等責任を負わないものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例